当時の私はライフワークだった水中写真をある事故がきっかけで断念せざるを得なくなり、海に潜りに行く代わりに休日はダラダラと家で過ごすようになりました。
そんなある日、ぶらりと立ち寄った書店で見つけた『カントリー・ガーデン・ライフ 庭の道具(田渕義雄著)』に紹介されていたガーデンアクセサリー“少年と犬”が欲しくなり、原村にある変わった名前の店を妻と尋ねることにしました。
店に入ると赤々と薪が燃えた大きなストーブが私たちを迎えてくれました。店内を見渡すと所狭しと大小様々な薪ストーブが置かれているではありませんか。
「えぇ!この店ってストーブ屋さん!?」この時はじめてお店の名前の意味を理解したのでした(笑)
「開拓時代じゃあるまいし薪ストーブを買う客がこの日本にいるのだろうか?」と訝しく思いながら目の前にあったストーブの値段を店員さんに聞いてビックリ仰天してしまいました。
スモークの香りと時おり爆ぜる薪の音を耳にしながら、レトロな雰囲気の薪ストーブやアクセサリーがディスプレイされた店内を興味深く見て回りました。
最初に私たちを出迎えてくれた大型ストーブは手が届くほど近づいているのに、とても心地よい暖かさが伝わってきました。
買ったばかりの“少年と犬”を大事に抱え、家路に向かうころにはすっかり薪ストーブの虜になっていました。
「あんなストーブが家にあったら楽しいだろうなぁ」と妻に話すと「でも茅ヶ崎の家には置けないわよねぇ」と彼女もまんざらでもない様子でした。
3年後、望月の森に薪ストーブを楽しむための土地を見つけ、ログハウスが完成すると“レゾリュート・アクレイム”を設置して週末だけのストーブライフが始まりました。
そして・・・薪ストーブとの出逢いから13年目、念願だった森の生活が本格的にスタートしました。
妻が1週間がかりで製作したジュラシックストーンの炉台とカルチャードストーンの炉壁には、原村で私たちを迎えてくれたあの大型ストーブ“デファイアント”がリビングルームの主役として、温かく私たちを見守っています。
現在、ネットショップ《ログハウスインテリア ペーターランド》の店長を務めるかたわら、ブログ《ペーターランド通信》では森の暮らしを紹介、facebookの友達探しにもはまっています。
もちろん薪割り人として毎日充実した生活を送っています。
もしあの時、原村で薪ストーブに出逢っていなかったら・・・今も海の近くで暮らしていたことでしょう。♪人生ぇってぇ~不思議なものですねぇ~♪

| スタッフからのコメント |
| 山村さんの山荘へ行く度に森暮らしを楽しんでいるなぁと感じます。私から言わせれば、山村さんは森人間!なので、海の近くに暮らす山村さんは想像出来ませんっ!(笑) |
【 季刊誌50号記念企画「あの人は今・・・」 No.4 週末の日常 木城 昭義さん・有里子さん】
金曜日。東京での仕事を終えて、原村の山小屋到着が22時。妻が車から荷物を山小屋に運び込んでいる間に、ストーブの準備。焚きつけ、木っ端、小枝、太めの枝、薪をセットして焚きつけに火をつければ、後はアンコールにお任せ。火入れまで、たかだか3分。これで小淵沢の温泉に間に合いそう。
温泉から帰ると、部屋はホッコリ暖かく、ビールで乾杯。太めの薪をくべて就寝。ストーブの前は、朝まで犬たちが占領する。朝起きれば山小屋は床まで温まっていて、厳寒期でも幸せな気分。散歩から帰ると、ストーブのグリドルに置いた鍋の味噌汁がいい感じ。早速、アンコールの熾き火で自家製アジの干物を焼き、土鍋で炊いたご飯で朝食。
さて、午前中は買い物と薪割りかな。買い物帰りにストーブハウスでコーヒーもいいかも。
我が家の薪は60%がアカマツ、30%がカラマツ。よって、薪割りは広葉樹相手のようにはいかない。しかし、狙い通りのポイントに斧を打ちおろせるようになってからは、さらに面白みが増してきた。そもそも、それぞれ個性的な玉割りのどこが斧の狙いどころか、自然とわかるようになったこと自体が面白い。重さの違う大斧2本を玉割りのタイプによって使い分ける。木材の種類、太さ、長さ、乾燥具合、そしてマツ材では「ふし」の状況が重要だ。副産物の木っ端は重宝するなぁ。枝は中斧とハンドアックスで。正直、もっと割りたい。
樅の湯でさっぱりした後は、まず、妻とビール。このあたりから、アンコールの上が賑やかになる。グランマケトルのお湯で小松菜のおひたしを作る。日本酒のつまみにメバルの煮つけ、野菜の煮物。これらの鍋のとなりのダッチオーブンは、そろそろ豚の角煮が、、、

| スタッフからのコメント |
木城夫妻には2004年1月に発刊した24号に現在と同じコラム形式にてお話をいただきました。
そのコラムには土地探しから原村にログハウスが建つまでの話が掲載されています・・・と言いながらもなかなか土地は決まらない最中、同年3月(2ヶ月後)に斧を購入し薪作りを始め、翌月には当社のイベントで薪ストーブの魅力にどっぷりと浸かり、薪ストーブ導入に向けて着々と話が進んでいきました。やはりそれでも土地が決まらないっ!という状況だった事は今でも「無計画な話」・・・いえいえ「計画的な薪作りとストーブ設置の話」として語り継がれています。(笑)今も尚、週末のログハウスでの生活をめいいっぱい謳歌しているご夫妻です。。 |
【季刊誌50号記念企画「あの人は今・・・」 No.3 酷使に耐える頼もしい我がアクレイム 井上 恒夫さん・孝子さん】
フィトンチッド豊かな冷涼の風が吹く蓼科の地は今、ベストシーズンを謳歌していることでしょう。標高がツェルマットと全く同じ我が蓼科のログに赤色のアクレイムが設置されたのは、ストーブハウス蓼科店オープンの年末で、以来14年に亘って冬季に滞在が多い2人の高齢老人の酷使に耐え、寒冷地における快適な室内環境を維持し続け、我がログの中心に鎮座しています。
アクレイムは、マニュアル志向の面はありますが、慣れ親しんだ使用で特に難しいことはなく、柔らかな炎の燃焼感で住人の期待に十分応えてきました。設置時点における山中社長の適切な助言の賜と感謝しています。
メンテナンスも容易で設置後11年目にセラミック二次燃焼室交換、12年目に炉内壁材交換等を行いましたが、この程度の小補修でまだまだ機能は十分に維持しています。
この間には悪戯盛りの孫3人が幼少期から遊びに来荘しましたが、ストーブガードを設置しておいたので火傷等も全く無く、皆無事に成長し毎冬のスキーを楽しんでいます。
山友青木氏は所有のアンコールをパンドラの箱と評されましたが、すでに蓋が開け放たれた我が家では、魑魅魍魎に取り付かれ、神奈川の自宅にはバーモントのアディソンまでを置くはめになっています。
仕事熱心な山中社長の絶えざる努力で、種々の企画が催され顧客を楽しませ、このランプライターも50号発行を迎えるという快挙になりましたこと、お祝い申しあげます。
ストーブハウスさんの発展を祈るや切! ※フィットンチッド・・・樹木から発散される殺菌力のある芳香性物質

| スタッフからのコメント |
井上夫妻には2001年9月に発刊した11号にインタビュー形式にてお話を伺いました。
当時のインタビューでは来店のきっかけとアクレイム導入までを中心にお話しを伺いました。蓼科にある山荘には新築時に薪ストーブが設置されており、煙突そうじ道具を購入しようと来店。しかし煙突の設計や薪ストーブ自体に不満を感じていた井上夫妻宅に見積もりにお伺いしたのは1997年の12月23日のことでした。年内設置を決めたご夫妻は深夜まで炉台作りをし、私達も「なんとか暖かいお正月を迎えていただきたい」という気持ちでしたが、正直かなりバタバタでした。今でも心に残る設置工事のひとつになっています。 |
【季刊誌50号記念企画「あの人は今・・・」 No.2 薪ストーブ最高 野口 一郎さん】
我が家の暖房は15年前より、もちろん薪ストーブです。自分は寒いのが好きで富士見町に来ました。(冬季マイナス15~17℃)
当初薪ストーブの他に電気、ガス、石油ストーブも揃えたがほとんど使用せず、薪ストーブは最高です。年費としたらちょっと。今は薪を多くの人達より調達できるようになったので助かっています。我が家はイントレピッドⅡ。この薪ストーブは28畳くらいと聞いてますが、我が家は上下で40畳ほどがこのストーブで十分暖まります。室内温度を20℃以上に出来るので自分は年間通じてTシャツかノースリーブで過ごしています。
10月下旬から6月中旬まで薪ストーブは大活躍。5、6月の雨天には洗濯物を室内に干す為。その他、魚や肉もストーブの炉内で焼いています。室内に煙も出ないし、焼き上がり最高!またストーブの上では常に8リットルと3.7リットルのヤカン、2リットルの茶釜が乗っているのでお湯はすぐ使えるし、茶釜においてはフタを常に外し、蒸気を出させ室内の乾燥を防止してます。さすが薪ストーブという感じです。
調達できる薪は雑木。その為、灰はかなり出ますが、近くの農家の畑にあげたり、自分の畑にも使っています。灰はじゃが芋を植える時に切り口面に付着させ腐り防止にしたり、山菜の灰汁抜きにも使います。バーベキューをした時には網や鉄板の焦げ取りにも使っています。自分にとって灰は正に薪ストーブからの贈り物。いや・・・煙も素晴らしい。もう一台の薪ストーブは外の屋根下にあり、その煙を燻製室へ送り込み、魚や肉に燻しています。冷薫は少々面倒なので自分は温薫に近い造り方+自己流。燻製の話もしたかったのですが・・・この話は100号記念にとっておくことにして、薪ストーブの件終了です。

| スタッフからのコメント |
| 野口さんには1999年12月に発刊した4号にインタビュー形式にてお話をいただきました。都会育ちの人間には珍しく、「寒いのが好き!」との理由から相模原市より富士見町へ移住してきた野口さん。家を建てる時に徹底的にリサーチを行い、暖房は薪ストーブと決めてました。設置から3年半後にインタビューした時にも薪ストーブは住環境にやさしい暖房器具で、悪い点は特に思いつかない、『薪ストーブ最高!』と言ってました。野口さんと言えば、うちの店に来る時も本当に年がら年中半袖かノースリーブ!ここだけの話、新人スタッフに野口さんのことを教える時には「ノースリーブのヒゲのおっちゃん」で教えていまぁす。(笑) |
【季刊誌50号記念企画「あの人は今・・・」 No.1 手放せない実用品 蒲生 要さん・恵さん】
あれから12年、アンコールの後、2台を使い、10年前原村に建てた山小屋でも2台を使いました。インテリア変更に合わせストーブを変えてみたかったのと、煙突工事の無い交換だけなのでこんなことに。(笑)
私生活では8年前に退職し、インテリアコーディネータとして暮らしています。今はアイボリーのヨツールF400、山小屋では黒いF602を使い、益々ストーブ趣味を深めたかというと・・・逆に趣味性は薄れ、「おもちゃ」から「手放せない実用品」になりました。普通に燃えて、暖かければいいやと。それでも、扱いが難しいストーブもあるので、これからの方は、実際に焚いている方にお話を聞くのが良いと思います。ただ、あまりマニアックな方に聞いてもだめです。(笑)
薪づくりは以前は自分で行っていましたが、今は仕事が忙しく購入しています。昔は作った薪山を眺め悦に入っておりましたが、 今は肩の力も抜けてしまいました。メンテナンスもストーブハウスさん任せ。料理は全て薪ストーブで作るというより、ストーブ向きの料理だけになってきました。薪ストーブとの付き合いがいい加減になってきたようですが、私自身は自然に付き合えるようになり楽になりました。(笑)
薪ストーブは、灯油、エアコンと比較をされますが、暖かさは薪が一番です。また、寝る場所をリビングの脇にするなど薪ストーブの暖気を取れる間取りにすると、エアコン暖房と違い静かに心地よく眠れます。気軽に小さな薪ストーブを入れて、灯油、エアコンとの併用も現実的です。料理を期待する方は、建築時にキッチン近くでリビングからも眺められるストーブ配置をお勧めします。
最後に、薪ストーブにメンテナンスは必須、結局直接連絡の取れる近くのストーブ屋が頼りになります。内装やインテリアを将来的に変える可能性があれば、シンプルな形の黒いストーブが一番です。

| スタッフからのコメント |
蒲生夫妻には1999年5月に発刊した記念すべき第1号にインタビュー形式にてお話をいただきました。
その頃、薪ストーブユーザーになって既に5年半が経過しており、薪作り、ストーブクッキング、煙突掃除、更にはアンコールの故郷であるバーモントへの旅行等々・・・お二人の暮らしぶりは、まさに薪ストーブの達人と言えるほど、当時のスタッフにはとても強い印象のご夫妻でした。
今ではあらゆるメーカーの薪ストーブに精通し、ご主人のインテリアコーディネータとしてのセンスも加わり、お客様はおろか、私達スタッフも貴重なアドバイスをいただくことがあります。
達人の域を超え、もはや教祖的存在!?(笑)となったご夫妻の今後の動向が楽しみです。 |
薪ストーブとの生活が始まって早くも三年が経とうとしています。
初めての年、まずはストーブに慣れることからはじまりました。五右衛門風呂や暖炉で薪を焚く経験はあったものの薪ストーブと言うとまた勝手が違います。なるべく効率よく燃やし、長持ちさせるにはどうすればよいだろう・・・寒い朝、早く暖まるにはどうすればよいだろう・・・と試行錯誤を繰り返した一年目でした。終わってみると、ほぼ毎日ストーブに火が入り、想像以上の薪を消費したのでした。
新築と共にストーブライフを始めた我が家ですが、備え付けの全館暖房はお役ご免で、冬は専ら薪ストーブが我が家の全館暖房となっています。昔は普通に使っていた石油ストーブも今となっては臭いが気になって仕方がありません。
二年目の冬はストーブ料理に目覚めました。ストーブは魔法のコック。煮込み料理は野菜が甘く仕上がり、肉は柔らかく、野菜は型崩れしない。休みの日には友人を呼んでピザ釜としても大活躍です。ラウンドグリドルにピザ生地をのばして好みの具をのせ、専用の五徳にのせてやれば数分で焼きあがり、大寄でもお客を待たせる心配は全くありません。そしてストーブで焼いたピザはオーブンで焼いたそれとは比べ物にならないほどおいしいのです。子供も大好物です。ストーブで沸かしたお湯で入れるコーヒーもこれまたおいしい。正直ストーブがここまで使えるとは思っていませんでした。
三年目となれば家族も慣れたもの。子どもたちは薪割りや薪運びを自分専用の小さな軍手をつけて手伝ってくれます。「ストーブをつけるのは無理」と言っていた妻は、自分で薪を運び、寒くなればストーブをつけてくれるように。おかげで寒い夜も家にかえればオレンジ色の炎が暖かく迎えてくれます。
1歳だった娘は4歳になり、秋になればいち早くストーブで「焼き芋」作ろうよと言い始め、2歳になる野菜嫌いの長男もストーブで作った焼き芋だけはよく食べます。忙しい毎日の中でも薪ストーブはゆったりとした時間を感じさせてくれます。
家の中心にまるで主のように居座るストーブ。
今年もまた薪ストーブと冬を過ごせることが我が家にとっての楽しみです。

私の薪ストーブとの付き合いは20年前に遡る。
東京の西部にある我が家を立て替える事にした時、週休2日どころか隔週3日が始まった。
外出しなくても退屈しない家を考えていると、そのひとつが薪ストーブであった。薪の調達が大変だろうと思ったが、実は東京は薪の宝庫なのである。知り合いの植木屋さんに事情を説明すると二つ返事で薪用の木を提供してくれた。
東京は街路樹が多く、我が家の近くにはケヤキの並木が続いている。この枝の剪定で大量の剪定枝が出る、枝と言っても直径20㎝はゆうにある立派なもので、これを2トン車に積んで来て、家の前まで持ってきてくれる。焼却場に持っていくと車1杯で数万円の処理費がかかるとのこと。ケヤキの最高級の木を薪にして1年乾燥すると理想の薪がタダで調達できた。おそらく市内で初めての薪ストーブ付きの家ではなかったかと思う。
そして10年前に蓼科高原に家を建てる時も迷わず薪ストーブの設置場所を決めて、東京と同じダッチウエスト社の同じデザインのものを選び、型だけ東京より一回り大型にしたのである。ダッチウエストは焚き方が難しいストーブだそうですが、数年に一度の煙突掃除でも状態が良いと褒められる。蓼科高原での薪の調達は、裏山の間伐材を玉切りにして40キロずつ背負子で担いで下ろしたり、知人の林檎園の古株を貰ったりしたものを、斧で割って薪小屋に積み、1年分をタダで確保する。落葉松の枝を集め焚きつけにし、灰は庭や畑に撒く。
知恵と若干の手間を惜しまなければ、薪ストーブは究極のスローライフであり、薪運びや薪割りも健康作りにも最適で、それを楽しむのである。
薪ストーブの前でのオンザロックウィスキーはせめてものご褒美と考えて・・・

神戸より信州に移住して来て7年になりました。薪ストーブのある暮らしがしたいと願いながら第14回薪ストーブ大学への参加です。薪の作り方、チェンソーや斧の使い方、薪の燃やし方、薪ストーブの扱い方等を勉強。夫婦でワクワクしながら薪ストーブの設置場所にあたり、中野さんからのアドバイスもあり、室内の真ん中に設置することになりました。キッチンのリフォームを行い、中野さんのお陰で薪ストーブ設置大成功となったのです。
薪ストーブには美徳があって優しい気持ちで暖をとる。クッキングレンジとして活躍してくれます。煮物、煮豆、スープ、シュンシュンと湯の沸く音は気持ちよく心地良いです。
薪作りは家の周りの倒木、電力会社の支障木を貫い夫婦の共同作業です。ミズナラ、シラカバ、サクラ、マツなど様々な木の匂いを嗅ぎ、木材の重さに驚きながら薪作りも楽しみと体力作りのひとつとなりました。
うっとりした気持ちで炎を見つめ、ポカポカと暖かなその薪ストーブは、ヨツールのゴシックアーチのガラス扇で真っ赤な炎が室内の窓ガラスに映って、まさしくインテリアとして楽しませてくれるのです。
薪は素晴らしいエネルギーとなり、エコの暮らしであり、何より暖かいことでしょう。60歳までは義務教育とのこと。それからがそれぞれの人生の本当の生き方、暮らし方があるようです。私達も薪ストーブのように周りの人達と暖かく接しながら、人や物、そして薪ストーブの出会いに感謝しながら、薪ストーブ暦6度目の冬を待っています。

私が薪ストーブと初めて出会ったのは平成元年、今から20年以上前のことでした。最初のストーブはフェデラルというメーカーのもので、細かな調節のできる優れものでしたが残念なことに前面の窓が小さく、薪が燃える時の炎をほとんど見ることができませんでした。それでもマイナス10度ほどになっても家中をたった1つでほっこり暖めてくれる上に、煮炊きまでできるその薪ストーブは、都会育ちの私にとって沢山の喜びと驚きを与えてくれました。
20年経って、薪ストーブはそろそろ限界を向かえていました。次のストーブを選ぶ時、炎が見えるストーブを、というのが大きなポイントになっていました。というのも、庭に作った石積みの炉で焚き火をするのが親子揃って大好きで、たまに遊びに来る子供たちの友達も例外なく焚き火が好きだったからです。人間にとって炎は本能的に安心できる何かとても魅力的なもののようです。
そして、ストーブハウスに煙突の掃除を頼んだ時、来てくれたスタッフにこの家にあっていて、且つ薪が燃えるのがよく見えるストーブは何だろうと相談してみたところ、『ヨツールのF400が良いですね。』と推薦してくれたのが今、我が家にある2代目のストーブ君です。初代のストーブは初代だけあって思い入れも強く、2代目を入れたのと同時に我が家からいなくなってしまうのに耐えられず、少しの間置いておきたいというワガママを彼らは快く聞いてくれて、いらなくなったら連絡くれれば取りに来るからと言ってくれました。私は、記憶にとどめようと久しぶりに筆を取り、小さな油絵を描きました。絵を描きながらしっかり記憶に留め、満足したところで取りに来てもらいました。初代は、十分働き、名残を惜しんで軽トラに積まれて我が家を去りました。
ただの鉄の塊のような薪ストーブは、使い始めるとただの暖房器具ではない存在感を持ち始めます。我が家の2代目君は、少しまだ初代を意識しながらその存在感を日々増しています。

昨年3月新築したログハウスでストーブハウスさんお勧めの「アンコール」を使い始めました。標高1500mの場所のため、相当寒いことを覚悟しており、「薪ストーブは暖かい」と聞いてはいましたが、使い勝手や即効性を考えると、ガスヒーターとの併用が必要になる事も考えておりました。
しかし、全く心配ありませんでした。家が暖まっているためか、火が落ちていても寒くて震えることが無く、即効性のある暖房器具は必要ありませんでした。ちょっと多めに薪を入れすぎてしまうと、熱くて寝る時などには窓を開けてしまった事もあるくらいでした。
使い始めの頃はストーブのガラスの曇りや、温度管理に悩みましたが、しばらくして使い慣れると、ストーブの着火や火力の調整が楽しみの一つとなっております。「部屋の温度を上げると言う感覚でなく、快適な温度を作る感覚」と・・言っている我が家のストーブ管理者(妻)は毎日楽しんでおります。妻のほうがストーブに携わる時間が多いため、私は時折妻に指導を受けている有様です。
春から初夏に次シーズン分の薪作りを行い、思った以上に大変な作業でしたが、これも楽しみの一つになりました。薪割りもストーブハウスさんで購入した「電動油圧式薪割り機」をフル活用で、妻の独占仕事になっております。楽しさのあまり、割に割って・・細い薪だらけになってしまい、追加で原木の調達をするはめにと言う笑い話になりました。ストーブオフシーズンは原木からチェーンソーで玉切り~薪割り~薪運び 充実した休日を楽しんでおります。特に労働の後、デッキでアルプスを見ながらのビールは最高です。
ストーブシーズンの楽しみはストーブ料理です。ビギナーなので、凝った事はできませんが、現在ダッヂオーブンで肉類のローストと燻製作りにハマっております。我が家のストーブ料理担当者は私で、妻は食しながら評論をする担当となっております。一番の楽しみは夫婦でストーブの炎を眺めながらのお酒です。互いに「食いしん坊の飲んべぇ」のため、夕陽を見ながらスタートで、ついつい酒量が増えてしまうのが悩みです。薪ストーブは暖房機ではなく、楽しいライフパートナーで、家と心を温めてもらえます。反面、ストーブの存在により、飲みすぎ食べすぎには注意したいところです。
「薪ストーブで家も心も温暖化!そして飲みすぎ食べすぎ注意報発令!」と成っております。

「空には凍てつくような月が浮かんでいる。部屋にはストーブが燃え、シチュー鍋がコトコトと音を立てている。妻はカタカタとお気に入りの機織りをしている。私はストーブの前で、ゆったりと椅子に座り、コーヒーを飲みながら本を読んでいる。」
こんな田舎暮らしを夢見ていました。そんなわけで、私たちの田舎暮らしは、土地探しでも家屋探しでもなく薪ストーブ探しから始まったのです。
外観に誘われて、ストーブハウス原村店を訪れました。そこで巡り会ったのがスタッフの牛山さんです。彼の説明を聞いてグッとくるものがありました。全くの素人で、単に思い入れだけで質問する私たちに、こう言いました。店内を心地よく温めている赤のアンコールを指さし『この子は・・・』と。ストーブに対する思いと優しさを知るには十分なひと言でした。その後、第18回のストーブ大学に参加させてもらいました。ポールさんや田渕さん、田代さんのお話はもとより、チェーンソーや斧での薪割り、ストーブクッキングなど全てが驚きと感動でした。また、すでに田舎暮らしを始めている方たちと知り合いになり、それが縁で、今では親しく往き来させていただくなど人のつながりも拡がりました。それに、ゲーム大会で優勝し、斧をいただくというおまけまでありました。
ところで、我が家の炉台と炉壁は、牛山さんの全面的な協力を得ながら、夫婦で作りました。鉄平石をカットし、セメントをこねました。漆喰塗りのデコボコも「それも手作りのよさですよ。いい出来じゃないですか」と。
家の中心に誰よりもしっかりと座り、キラキラと輝いているストーブを見ると『この子』といった意味が分かる気がするのです。この歳になり、また大切な子が一人増えました。

薪ストーブを使い始めて4年経ちました。
家を新築する際に一緒にデファイアントを入れた当時は夫婦二人だった我が家も、この4年間の間に子供が生まれ4人家族になりました。今は薪ストーブにはゲージがつけられ、いたずら防止の為に夏でも設置したままの生活です。
思えば子供のいる生活の中で、ストーブのある生活はとても重宝していた気がします。
どんなに冷える夜でもオキ火のお陰で夜中の授乳も寒い思いをせずに済みましたし、毎日出る大量の洗濯物もすぐに乾き、特に子供が吐いた時なんかは大活躍でした。
外へ出るのを躊躇してしまう長い冬の楽しみ方の一つの手段としてももちろんで、焼きイモに始まり、ピザ、パンなど子供と一緒に楽しめる料理が出来るのも嬉しい限りです。
今は子供が小さい為、薪作りは主人一人の仕事になっていますが、もう少し大きくなったら家族総出の仕事にしていきたいと思っています。
冬場の暖を確保する為に家族で薪を作る。
今の便利な時代の流れには逆行しているのかもしれません。
でもそこには人間生活の本質的な大事な物があるような気がするのです。
火もしかりで、私たちが炎を見ていると何故か気持が安らぐ理由。それは私たちの中の人間の原始的な部分に訴えかけてくる物があるからだと思うのです。始めは冬場の暖房の為、薪が手に入りやすい環境であった為に購入を決めた薪ストーブですが、思っていた以上に色んなオマケが付いて来て、とても得したような気がしています。
ただ暖を取るためだけの物から、その一歩先にあるもの。
それが生活を豊かにしてくれ、この先も楽しみをたくさんくれるものであることに間違いありません。そして子供達が何を感じ、何を得ていってくれるのか、何を与えてあげられたのか、これから楽しみに思うところです。

仕事柄、英国の家庭に何度か招かれたことがあり、暖炉を中心に家族や来客が集まって団欒する光景を若い頃から羨ましくみえ、機会があれば暖炉を入れたいと思っていました。私も既に還暦を迎える年齢ですが、縁あって3年前に薪ストーブを導入することができました。機種はVC社のアンコール、洋間によく似合う優れものです。シーズンを重ねる毎に扱い方の勘所も分かるようになり、今では冬の主役として家族の誰もがその存在を認め、寒さの到来を楽しみにしています。ところがこのストーブライフはなかなか大変なことで、まさか悲劇の始まりになろうとは考えてもみませんでした。
自分のスタイルは本業が会社勤務、副業として親から引き継いだ農業を営んでいます。現在は家庭で消費する米や野菜を作っている程度ですが、春以降秋口まで130アールを管理する過酷な農作業、週末をのんびり過ごす暇など到底ありません。従来の生活なら秋の収穫が終われば一段落できるところですが、今では晩秋から初春にかけて翌々年の薪を調達する仕事が増え、のんびりしているどころか年中無休の生活となっています。冷静に考えれば、これらのすべては楽しいことだとおもっていますが反面、辛いものがあります。またどういうわけか薪ストーブの愛好者となると、今まで以上にスローライフやエコを意識するようになり、農作物については有機野菜、薪については火持ちのよい樹木の調達を心掛けるなど、今まで意識しなかったことが次から次へとでて来ると同時に、予想を超えた費用もかかってきます。
薪割には貯金を殖やす感覚と似たところがあり、山になればなるほど満足感と達成感が高まり、春先には背丈ほどの山になるまで積み上げます。一番嫌いなことは、これらの薪を片づけることであり、何日間か掛けて妻と一緒に薪棚へ積み上げました。今年は積み上がって間もなく見事に崩れ(写真)、梅雨を迎えた今でも放置されたままです。梅雨空のうっとうしい中、いったい誰が積み直すのでしょう?このような気苦労と労力がいつまで続くか分かりませんが、薪ストーブのぬくもりが自分達を癒してくれるからこそできることだと思い、ストーブ中心のスローライフを楽しんでいます。


2000年に家を新築する際、薪ストーブを入れたいと漠然と考えて、そのスペースを設けました。当時は勤めで忙しく、石油ストーブを設置して使用していました。2001年の春、『薪ストーブ大学』の開催を新聞記事で知り、即申し込み参加しました。これが、ストーブハウスさんとの初めての出会いです。ストーブ大学は2日間行われ、講義、薪割り・ストーブ料理などの実践他興味津々の内容でした。開校式で私は、「早めに退職して、薪ストーブを入れたいです。」と話したような気がします。
はからずも去年、定年より少々早めに退職することとなりました。そこでまず、薪ストーブを入れることを生活の一つの目標としました。ストーブは、田渕講師が著書で「貴婦人」と呼んでいた、『アンコール(赤)』に既に気持ちは決まっていました。そこにあるだけできれいだから、選んだ理由は簡単です。去年5月のGWに蓼科店へ行き注文し、10月半ばに設置していただきました。初めての点火式で、薪がパチパチと弾ける音に新鮮な驚きを覚えました。子供の頃かまどでの煮炊きや、試験を終えてほっとして風呂焚きの炎を見つめていたことなど、懐かしい記憶が蘇りました。大人になり、ただ薪ストーブに憧れを抱いていただけの自分でしたが、こうして実現できたのは、ストーブハウスさんや、薪の調達の協力や一緒にストーブを楽しんでくれる友人たちがいたお陰です。
この4ヶ月間で様々な発見がありました。常にお湯が沸いているとことの豊かさを感じています。時々ストーブの様子をみては薪を足したり、室温をみて焚き方を調節したり、けっこう世話がかかります。まだまだ薪ストーブ生活はヨチヨチ歩きの状況ですが、一日の終わりには“オーロラ”のような炎を見つめて幸せな気分に浸っています。
